九星気学

【占い師の吉方位日記】吉方位は南、和歌山の白浜へ行ってきました。

【占い師の吉方位日記】吉方位は南、和歌山の白浜へ行ってきました。

このページは約 7 分で読めます。

2018年9月9日(日)と10日(月)に、吉方位を取る為に1泊で和歌山まで行ってきました。

9月の月盤の最大吉方位は南の二黒土星。吉方位は北の三碧と南西の四緑です。

そして、9日の日盤は南の三碧、北の四緑が吉方位。
10日の日盤は南の二黒土星が最大吉方位、南西の四緑と北の三碧が吉方位です。

そう、9月10日は月盤と日盤が重なるわけです。

と言うわけで、今回は南の吉方位を取る事にしました。
目的地は和歌山の白浜。距離は約80kmほどです。

本当は100km以上は距離が欲しいところですが、僕の自宅からは南って距離を取れないんですよね。なんせすぐ海なんで・・・。ギリギリまで行っても110kmくらいです。
ちなみに北も言うほど距離は取れません。南よりは少しマシな程度です。

とは言え、取れないものは仕方がないですし、予定を立てたのが8月だったので白浜海岸で夏の終わりに浜辺でゆっくりしようと思ったわけです。

ただ、実際は出発する前日までキャンセルするかどうか迷う事になりました。

と言うのも、9月4日に台風21号が上陸し、自宅が結構破壊されてしまったからです。
さらに、天気も悪く予報では予定の二日間とも雨。

いや、ホントにギリギリまで迷いました。

ですが、思い出すと8月の吉方位旅行の予定も台風のせいでキャンセルしていたので、少し無理してでも行った方が良いと判断して行く事にしました。

いつもの吉方位旅行は公共の交通機関を使うのですが、電車だと和歌山に着いてからの移動が大変なので、今回は自分の車で行きました。

高速道路を使えば白浜まで2時間ほどで着くので、家を出発したのは10時半ごろ。

サービスエリア
途中、サービスエリアで休憩しながらゆっくり向かいます。

初日は白浜まで行かず、手前の田辺でホテルを取っているので、今回はかなりのんびりした旅行になりました。

車を走らせること、2時間弱でホテルへ到着。
チェックインが16時からなので、車を駐車場に停めさせてもらい周辺を散策することにしました。

天気予報では雨でしたが、なんとか曇り空でとどまってくれています。
2~3時間はもちそうな空模様でした。

ホテルに着いたのが13時。
まずは腹ごしらえで、ホテルの隣にあるラーメン屋さん『シャカリキ』へ行きました。

シャカリキのラーメン
和風醤油ラーメンの唐揚げセット。
魚介のスープですがよくある魚介系のスープと違い、貝のダシが利いていて食べた事のない味のスープでした。磯の風味があって美味しかったです!

食事のあとは、地元の神社を巡ることに。
ネットで調べたらホテルの近くに神社が結構ありました。

まずはラーメン屋さんから歩く事、5分。
神楽神社へお詣り。
神楽神社
神楽神社

創祀は社伝に宝亀6(775)年9月勧請という。
江戸時代は社名を大梵天王社というように、両部神道で神子浜村の産土神として崇敬された。

和歌山県神社庁 – 神楽神社より引用

神楽神社
素敵な氏神神社でした。
神楽神社から、さらに歩く事5分。
車が行きかう道路沿いに鳥居が見えます。

日吉神社
日吉神社

創建年代は不詳であるが、社伝により後柏原天皇の大永4(1524)年ころ勧請と『神社明細帳』に記さる。
明治元年の神仏分離によって社名山王権現を日吉神社と改称、また境内社3社も熊野神社・猿田神社・若年神社、大正5年6月、本殿相殿に改めた。

和歌山県神社庁 – 日吉神社より引用

日吉神社
道路沿いにある鳥居をくぐり歩いて行くと、さらに鳥居が現れます。
階段を上っていきます。
日吉神社
日吉神社
僕以外にもお子さん連れでお詣りしている方がいらっしゃいました。
神楽神社同様に、ご利益のありそうな氏神神社でした。

日吉神社にお詣りした後は、有名な闘鶏神社へ向かいました。
徒歩で25分くらいでした。

闘鶏神社
闘鶏神社

鬪雞神社は、通称「権現さん」と呼ばれ、御祭神の中には、熊野三山(熊野本宮大社、熊野那智大社、熊野速玉大社)も勧請(かんじょう)されています。熊野権現の三山御参詣に替えるという三山の別宮的存在で熊野信仰の一翼を負っていました。熊野本宮大社が川の増水で流失する以前の社殿の形を再現しています。
また、鬪雞神社は勝負の神様としても御利益があるともいわれています。

田辺探訪(和歌山県田辺観光協会)のHPより引用

闘鶏神社
広い敷地内には、湛増と弁慶の像や大楠などがあります。
七福神も祀られていました。

敷地内をひと回りしお詣りを済ませた後は、来た道を戻り海水浴場へ向かいました。

田辺扇ヶ浜海水浴場
田辺扇ヶ浜海水浴場

めっちゃ曇ってます(笑)
とりあえずビーチに沿って歩き、ホテルの方へ向かいます。

ビーチから大通りへ出ようとしたら、神社がありました。
浦安神社
全然、目立たない場所に鳥居があります。
グーグルマップで調べると、「浦安神社」と出てきました。

創立年代は不詳。
しかし、元禄7(1694)年の『神社改』に記されるところから、それ以前の創立は確である。
小社であるが江戸時代を通じて恵美須宮といい、湊浦漁業者の守護神として崇敬されている。

和歌山県神社庁 – 浦安神社より引用

浦安神社
海のそばにある神社なんで、漁業の神様かな~と思いながらお詣りさせてもらいました。
このあとはホテルへ戻りチェックイン。

ガーデンホテルハナヨ
今回宿泊させてもらったのは『ガーデンホテルハナヨ』さん。
http://www.hanayo.co.jp/

源泉かけ流しの露店風呂が30分貸切で入れて、朝食(バイキング)付きで一泊6,000円でした。
めっちゃ安いっ!天気の良い夏の日に、また来たいです!

※ちなみにホテル探しは楽天トラベル愛用してます。今回も楽天トラベルで予約しました。

二黒と九紫の象意
ちなみに、この日は象意が全然取れてなかったので、お菓子とジュースで無理やり二黒と九紫の象意をとりました。あんまり意味ないですけど(苦笑)。

方位取りは睡眠第一と考えてるので、この日も早めに就寝。
ちなみにお昼をしっかり食べたので、夜ご飯は抜きました。(お菓子食べてますけど)

2日目
前日に早く寝ていたので6時前に起床。
シャワーを浴びてテレビを見ながら8時過ぎまでゆっくり。

その後、朝食を食べて10時前にチェックアウトしました。
二日目は白浜へ行く予定だったのですが、ホテルを出るとあいにくの雨。
しかも結構激しく降ってます。

ただ、どこも行くあてが無いので、とりあえず予定通り白浜方面へ向かいました。

雨の日に、白浜に来てもまったく意味無いですね。
まぁ、方位を取りに来ているので遊び・観光は二の次ですが・・・。

ちなみに予定では、円月島、三段壁を見て、海水浴場でゆっくりした後、温泉に入って帰る予定でした。

で、とりあえず円月島(高嶋)を見に行きました。
円月島
めっちゃ雨降ってるし、本来は夕日を見る為に来る場所だしで、う~んって感じでした(苦笑)

高嶋(たかしま)は和歌山県西牟婁郡白浜町の臨海浦に浮かぶ島。国の名勝に指定されている。円月島(えんげつとう)の通称で名高い。南紀白浜のシンボルの一つ。夕景の名所としても知られる。春分・秋分の時期には、中心部の穴を通して夕日が見える。

高嶋 (和歌山県) – Wikipediaより引用

あまりにも雨が激しく降ってきたので、もう帰ろうかと悩みましたが、せっかくなので雨の三段壁も見に行こうと車を走らせました。

するとどうでしょう。
あれだけ激しく降っていた雨が徐々に止んできました。

三段壁
三段壁

三段壁(さんだんべき)は和歌山県西牟婁郡白浜町三段にある自然景勝地(崖)。「円月島(高嶋)・千畳敷・三段壁」の名称で国の名勝に指定されている。

三段壁 – Wikipediaより引用

写真でもわかるかと思いますが三段壁に着いた時には、雨が完全に止んで青空も少し出てきました。
もっとお天気が良ければ絶景なんですけどね・・・。

文殊堂
ちなみに展望台のすぐ近くに文殊堂もあります。
三段壁を見る前にお詣りを済ませました。

お土産店などもあるので、ここで30分ほど滞在。
有名な洞窟見学は今回はパスしました。

崎の湯
このあと、徐々に晴れ間が広がってきたので、温泉に行くことにしました。
三段壁から車ですぐの崎の湯へ。
上の空の写真は崎の湯の駐車場で撮ったもの。晴れてきたぜ!

崎の湯

万葉の昔から「湯崎七湯」の中で唯一残っている歴史ある湯壷で、雄大な太平洋が間近にせまる露天風呂です。
湯船から海はほぼ一体、岩に打ち寄せる波を感じながら入浴できます。

崎の湯 | 白浜観光協会公式サイトより引用

白浜に温泉はたくさんありますが、ここの露店風呂は本当におススメです!
写真を撮れないのが残念で仕方ありません。

30分ほど露店風呂を満喫。
そして、お風呂から出る頃には、お天気も回復!
晴れてきました!

ただ、今から海水浴場に行くのもちょっと嫌だったので、思い切ってここから和歌山城へ行く事にしました。

ちなにに和歌山城は南西、四緑で吉方位です。
二黒と九紫以外に四緑も取れるなんて、我ながら良い閃きだ!
(今回、自宅からの道中は南西と南の吉方位だけでした)

雨が止んだので、再度、円月島にも立ち寄りました。
円月島
朝と全然ちゃうやん・・・。
今度は夕日を見に来よう。

ここからは時間もあるので、高速も使わずのんびりドライブ。
和歌山城まで3時間くらいかかりましたけど・・・。

和歌山城
和歌山城

和歌山城は、天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。その築城を担当したのが、築城の名人藤堂高虎(とうどうたかとら)でした。
まず、秀長の城代として桑山重晴(くわやましげはる)が入り、慶長5年(1600)には、関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長(あさのよしなが)が入城。
そして、元和5年(1619)には徳川家康の第10男・頼宣(よりのぶ)が入城し、紀州55万5千石の城となり、以来、水戸・尾張と並び、徳川御三家のひとつとして、長い歴史を刻んできました。

和歌山市観光協会 公式HPより引用

和歌山城
和歌山城は緑が多く、四緑の象意を取れました。
30分ほど滞在していましたが、ホテルで朝食を取ってから何も食べてなかったので、ラーメンを食べに行きました。

 

View this post on Instagram

 

現 道晶さん(@gen.michiaki)がシェアした投稿

ラーメンまるイ 十二番丁店– (食べログ)
ネギたっぷりの豚骨醤油ラーメン。
ネギもラーメンも四緑の象意!

始めてきたお店ですが、何度も食べたくなる味です!
うちの地元にもお店出して欲しい!

ラーメンを食べたあとは、1時間ほど車を走らせ帰宅。
お天気には恵まれませんでしたが、思っていた以上に充実した方位取り旅行になりました。

関連ページ
error: 右クリックおよびテキストのコピーはできません。